立つも座るも自由にしたい

老人ホームで介護職員をしていた時の話。

私はいつも、小走りで仕事をしていました。

やることがいっぱいあったからです。

起床介助、排泄介助、食事介助、水分補給、シーツ交換、等々、手際よく仕事をしないと間に合いませんでした。

 

フロアには30名ほどの利用者さんがいらっしゃいましたが、足腰がふらつき、歩くと転倒するリスクのある方がほとんどでした。

利用者さんが立って歩こうとすると、職員はよく「座ってください、座ってください」と言っていました。

 

私は、「座ってください」と言いたくありませんでした。

利用者さんが立つと、私は手を止めて、すぐにそばに行きました。

利用者さんが歩くと、転倒しないよう見守りや介助をしながら一緒に歩くようにしました。

老人ホームはお年寄りにとって生活の場であるから、生活者として立つのも座るのも自由じゃないか、と思ったからです。

もし私が利用者だったら、職員に「座ってください」と言われたら、小心者なので立つと注意されるかもと思い、なるべく立たないようにするのではないかと思います。

そしてますます歩かなくなり、足が弱ってしまうのではないでしょうか。

足腰が弱り、転倒のリスクがあるからこそ、なるべく歩いたり動いたりした方がよいのに、転倒させないために座りっぱなしになっていることがとても皮肉に感じました。

 

しかし、職員を責められない気持ちもあります。

利用者さんに付き添っていて時間内に業務が終えられず、他の利用者さんや職員に迷惑をかけてしまうかもしれません。

付き添っているときに利用者さんが転倒してしまうかもしれないというリスクもあります。

もともと職員が足りず、余裕をもって利用者さんに寄り添うことが難しい現状がありました。

それに、いつも小走りで忙しそうな職員に利用者さんは「~に行きたい」とか、「少し散歩したい」とか、相談しようと思うでしょうか。

しかたがない、と我慢していた方がおられたのでは、と胸が痛みます。

 

銀行に行ったとき、フロアの目立つところに2人、立っている行員さんがいました。

私がどうしたらよいか迷って立ったままきょろきょろしていたら、さっとその行員さんが来て「どうなさいましたか」と聞いてくれました。

私が解決したい問題に耳を傾け、書類の書き方を教え、しかるべきところまで案内してくれました。

 

老人ホームにも、このような人がフロアにいると助かるのではないかと思いました。

その場、その時に必要なことにすぐ対応し、しかるべきところにつないでくれる人。

困ったことや聞きたいことを気軽に尋ねることができ、耳を傾けてくれる人。

一人ひとりの利用者さんに寄り添って、歩きたい人には付き添い、話をしたい人には傾聴してくれる人。

介護職員が人手不足のなか、それは難しいのでしょうか。

介護職員だけでなく、相談員の役割でもあると思うのですが、相談員も忙しいのでしょうか。

 

色々と課題はありますが、それでも、利用者が望む、その人らしい暮らしができるよう手助けしていくという介護の考え方から見て、立つ、座るくらい自由にしてもらいたいと思いますし、利用者さんが安全に歩き回れるよう工夫をしていけたらと私は思うのです。